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2010年 07月 28日
Ikebukuro
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AF Nikkor 35mmf/2D


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AF Nikkor 85mmf/1.8D




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EF 200mm f/2.8L


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Planar T* 1.4/50mmZF



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AF Nikkor 35mmf/2D
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by 08EMEZZO | 2010-07-28 15:51 | おさんぽ
2010年 07月 19日
夏が来た。
積乱雲
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AF Nikkor 35mmf/2D


信濃追分
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AF Nikkor 35mmf/2D


浅間山
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AF Nikkor 35mmf/2D



旧軽井沢チャーチストリート
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AF Nikkor 35mmf/2D
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by 08eMezzo | 2010-07-19 14:14 | 日記
2010年 07月 17日
料理教室
仕事で中西しゅう子さんという方が開いている料理教室に参加するチャンスがあった。
朝早く新幹線に乗り、着いたのは兵庫県は芦屋の閑静な住宅街。初めての料理教室ということでかなり緊張気味で呼び鈴を押した。

教室は先生のご自宅。天井が高く、ナチュラルな木の質感がとても素敵なお宅である。
挨拶もそこそこに、生徒さん何人かがお見えになり、何の合図もなく、自然に料理の仕込みが始まった。

授業はかなりリラックスした雰囲気で、中西先生は生徒さんと世間話をしながら、合間に的確に作業の指示をされていく。
わたくしも微力ながらオクラやアボガド、プチトマトなどを切ることで参加。
しかし、余裕がないので料理の全体像がよくわからないまま、ひたすらパーツを一生懸命作っている感じ。

見ていて面白いなあと思ったのは、生徒さんたちが教室に遅れてばらばらに来ること。
三々五々やってきて、自然に参加していく。
うーん、このかんじどこかで経験してるなあ、と思ってあとで気がついたのは、とてもイタリアっぽいってこと。

こういった集まりにイタリア人は決められた時間に集まらない。おしゃべりしているうちに何となく始まって、誰かが遅れてきても特に気にするでもなく進行する。

というわけでこの日わたくしは芦屋にイタリアを見た。
教えておられるのがイタリア料理なので当然といえば当然なのかも。


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で、肝心のこの日習った料理はといいますと、


Antipasto (前菜)
枝豆のスープ

Primo Piatto (パスタ)
のりとアボガドの冷製カッペリーニ

Contorno (サラダ)
ほたてのグリル、トマトときゅうりの粒マスタードと

Secondo Piatto (メイン)
牛肉の豆腐包み、オイスターソース風味

Dolce (デザート)
ヨーグルトとマンゴーのアイスクリーム

全体的にとても、ヘルシーで、野菜がふんだんに使われる。この辺、どうしても高カロリーのガッツリ系にメニューが流れるワタクシには非常に新鮮。
これだけの量を食べて、かなりの満足感があるものの食べ過ぎた気がしない。
心理的に野菜を十分に取っている意識があるからだとおもう。実際さっぱりしているし。

素材でびっくりしたのは、お豆腐。近所のお豆腐屋さんから仕入れる木綿豆腐は密度があって、なめらか。まるでモッツァレッラ・チーズのようだった。大豆は普通の豆腐の倍は使っているとのこと、納得。
その豆腐を牛肉で巻いた一品がこれ。

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勉強になりました。

この日、荷物が多かったのでいつもは肌身離さずのはずの一眼レフカメラは持ち出せず。
まさかの携帯電話での撮影。かなり残念な画像になりました。スマソ
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by 08eMezzo | 2010-07-17 00:48 | 食べ物
2010年 07月 05日
マウス孝
マッキントッシュが世に発表された1984年、PCユーザー達はマウスがなければ入力が出来ないコンピューターをおもちゃだとあざ笑った。

そしてその何年か後、マイクロソフトはマックのグラフィックユーザーインターフェースをそっくりまねてウインドウズというOSを発表する。まるっきりのコピーにならないように、細部にちょこちょこと変更を加えて。。。

起動メニューが画面左下からニョキッと上に伸び、メニュー項目の『一番最初』にウインドウズの『終了』があるという恐ろしいユーザーインターフェースをもっているのはそのせいだ。これはマックの画面左上からのプルダウンメニューをひっくり返したため。

マイクロソフトは、さらにマウスもボタンが一つのマックと似せないように(と僕は確信している)ボタンを2つにした。ユーザーは指を引きつらせてマウス操作を習得した。

その後、アップルは、ボタンをマウス上から消してしまった。デザイン的にすばらしく美しいマウスが誕生した。なんでマックのマウスはボタンが2つないんだ、と罵るPCユーザを尻目に。

ボタンがなくなったマウスはその後もそのしっぽにあたるコードがなくなったりして少しづつ進化していったが、その間にアップルはさらに画期的なポインティングデバイスを採用していた。

トラックパッドである。


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ノートブック型のコンピューターと別にマウスを持ち歩くのは携帯性を損なってしまう。そこでAppleが採用したのは、あの指でスリスリする、小さく平たいだけのデバイスである。
他のPCメーカーもそれに倣うが、トラックパッドに2つのボタンを配置するほか、スクロールのための別のトラックを用意したりしてあいかわらずごちゃごちゃとあか抜けないでいる。

一方のAppleはトラックパッドをタップ(叩くこと)することでクリック、2本指をスライドさせることによって画面スクロール、ピンチといって2本指を開くような操作をすることで画面を拡大するなど、全くボタンを増やすことなく一連の入力操作を可能にしてしまう。

タップを使えばクリックボタンもいらない訳で、最新版のMacBookからもついにボタン部分が消えた。
そうして今年になり、アップルは、この何年かに培ったトラックパッドの技術を応用したiOSによって、コンピューターからマウスとトラックパッド自体をも消失させてしまった。

そうiPadの登場だ。

複雑にすることが必ずしも進化ではない。
僕はApple技術者達のその美意識に感動する。

P.S最新版MacBook を触ってきた。ボタンをなくしたのではなく、トラックパッド全体がボタンになっていたのだった。
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by 08eMezzo | 2010-07-05 11:58 | 機材